大和郡山、金魚伝来300年 241021
柳沢吉里が甲斐国甲府藩から転封され、郡山藩主となって300年に『国原譜(241021奈良新聞)』は思う。吉里は俗説で落胤説があるほど、綱吉から寵愛を受けた。綱吉は当代一流の文化人。吉里もその影響を受けた。郡山城内に藩校「総稽古所」を設置し学問を振興。吉里のもう一つの特筆すべき功績が金魚。国替えの時に家臣により持ち込まれ、武家屋敷を利用して養殖が奨励された。今も全国有数の生産地である大和郡山市では、金魚伝来300年を記念して「金魚が旅した中山道を歩く金魚旅」を企画。甲府から大和郡山まで約440キロを11区間に分けて歩き、約1724(享保9)年の金魚伝来の旅を再現する。今月23日に甲府市を出発し11泊12日の行程で郡山城を目指す。
(私は)思う。12日間の旅、嘸かし金魚さまはお疲れになっただろう。桶の水は地域で変わっていったのか。行き先も知らず揺られ、不安であったろう。そこが自分たちの子孫を増やしていくとは思いもよらなかったろう。同じ盆地であるが、江戸から離れ京都が近し、良い環境になったのだろうか。良かったから金魚と言えば大和郡山になった。

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